home sitemap information recruit bbs link question

■更新情報
2006.05.15
団員募集状況を更新しました。

2006.03.29
第28回定期演奏会情報を掲載しました。


代表 中山 光治

代表 中山 光治

>>楽団のあゆみ
>>音楽監督紹介
>>バンドディレクター紹介

乗泉寺吹奏楽団は、1927年(昭和2年)、東京麻布・乗泉寺内に誕生した。
当時、軍隊の払い下げの楽器を集め、寺内子弟や、壇信徒子弟による青少年の音楽隊であった。

明治末期より、いわゆる「音楽隊」人気があり、後にデパートとなる各呉服屋などは、客よせに音楽隊をつかった。

* 「三越少年音楽隊」(1909年・明治42年)
* 「いとう呉服店少年音楽隊」(1911年・明治45年)(いとう呉服店は現在の松坂屋、少年音楽隊はその後東京フィルの母体となる)
* 「高島屋少年音楽隊」(1923年・大正12年)
* 「出雲屋少年音楽隊」(1923年・大正12年)(出雲屋は道頓堀の鰻屋で、服部良一氏が所属していた)

などがあった。(1966年・昭和41年、服部良一氏は『乗泉寺の歌』を作曲している)

初代団長兼指揮者の波多野福太郎氏は無声映画の楽団や新交響楽団(1926年設立、1942年日本交響楽団に改称、1951年NHK交響楽団に改称)の設立にも参加しており、日本の楽団史、Jazz史に輝かしい功績を残している。(波多野福太郎氏 注:東洋音楽学校は現東京音楽大学)

戦後、戦災で焼け出された乗泉寺は渋谷の現在の地に移転する。
高度経済成長の大きな流れの中で、楽団も大きく変化していく。

1960年代に、東京都吹奏楽連盟一般支部(現、東京都一般吹奏楽連盟)に発足参加し、市民楽団への道を歩み始める。楽団員も広く一般から募り、アマチュア音楽団体として音楽文化の向上をめざす演奏団体に変貌する。

1993年、全日本吹奏楽コンクール一般部門で3年連続金賞を受賞、翌1994年授賞式招待演奏を行う。
その後、トップレベルの市民バンドとして、よりハイクオリティな音楽の創造、地域社会への貢献をめざし、活動している。

2002年4月、吹奏楽指導に実績のある楊 鴻泰(Yoh Kohtai)氏を迎え、更なる新しいステージへと昇って行くつもりである。